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2010年2月10日 (水)

「グラン・トリノ」

Gran_torino 久々にビデオを借りてきました。

クリント・イーストウッド、俳優としての最後の作品「グラン・トリノ」。

さよなら「ダーティー・ハリー」

かつて自動車工場で栄えたミシガンの町で、妻を亡くし独り暮らす老人ウォルト(イーストウッド)。町は寂れ、移民が増え、チンピラまがいの若者たちが跋扈する。朝鮮戦争の帰還兵であり、頑固な工場の職人だったウォルトは、自分を年寄り扱いする日本車メーカーに勤める息子とも疎遠になり、周囲に移住してきたアジア系移民や黒人たちに悪態をつき、自宅の芝生に足を踏み入れられると、ライフルを振りかざす。
隣に越してきたアジア系移民(モン族)の少年タオ(ビー・ヴァン)が、町の不良にそそのかされ、ウォルトの愛車72年型グラン・トリノを盗もうとしたときから、彼の生活に変化が起こり始める。父のいないタオに男の生き方を説き、仕事を与え、モン族の一家との交流が生まれた矢先に、その一家が不良たちによって命の危険にさらされる。自分が振りかざした拳によって、さらに一家を窮地に追い込んでしまったウォルトは、自らの行動を悔い、考えに考えた末、タオたちの未来のために、ある行動に出る・・・。

かつて「ダーティー・ハリー」として44マグナムを振りかざしたイーストウッドが、この映画のラストでとった行動が非常に象徴的です。

ウォルトが暮らす、フォードで栄え、今は荒廃した町が現在のアメリカを象徴しているのなら、イーストウッドはこのシーンでアメリカに何を訴えたかったのでしょう。

朝鮮戦争で、戦意を失った若者たちを殺したことが未だに脳裏から消えず、悔いてはいるものの懺悔はしない日々。

トラブルはすべて銃を振りかざして解決してきた彼。

そんな彼が、(自分の息子のためではなく)アジア系移民の隣人少年の未来のために、手に取ったものは何だったのか。

極めてシンプルなストーリーでありながら、狂言回しとしてウォルトに絡む神父の存在といった人物設定や、ウイットと含蓄のあるセリフに溢れ、非常に完成度の高い作品だと思います。

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