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2009年10月21日 (水)

加藤和彦氏について

51rwixdebll__ss500_ 加藤和彦氏が亡くなってから、彼のことばかり考えている。

遺書には「これまでに自分は数多くの音楽作品を残してきた。だが、今の世の中には本当に音楽が必要なのだろうか。『死にたい』というより『生きていたくない』。消えたい」とあったそうだ。

彼の孤独と絶望を思うと背筋がうすら寒くなる。

インタヴューでは「92点ぐらいまでの曲ならすぐ書ける」と言っていた。そのあまりに厳しい作品主義が多くの名作を生んだのだろうし、また自分を追い込んだのだろう。

それだけの高いハードルで音楽を作り出してきた彼が、「今の世の中には本当に音楽が必要なのだろうか」と言う。

確かにそうかもしれない。

今の世間には、「音」は溢れているが、「音楽」は満ちていないような気はしている。

「音」はあまりに安くなり過ぎ、「音楽」の価値まで下げてしまった。

CDのような音楽媒体が売れない以上、常にライヴで「音楽」を必要としている人たちと接していない限り、自らの存在意義は確認できないかもしれない。

「売れない」ということは、「評価されない」、「存在意義を認められない」ということと同義語だ。

彼の知人・友人たちは皆口をそろえて、明るい人だった、あんなにやさしい人はいなかった、と言う。

彼はきっと気が遠くなるような孤独の沼の淵に立っていたのだろう。

福井ミカがクリス・トーマスの元へ去った後、パートナーとして安井かずみを得て数々のきらびやかな作品を作り続けた。

世に送り出した楽曲ばかりでなく、彼らのライフ・スタイルさえもが「作品」だったように思う。

安井かずみが病死した翌年に中丸三千繪と再婚した時は驚いたが、きっと独りでいることができない人だったのだろう。

「彼は世界で一番やさしい人だった」と言う中丸三千繪は「自分から離婚をお願いした」そうだが、彼女は安井かずみの影に耐えられなかったのかもしれないと思うとあまりに哀れだ。

あの頃、マリーローランサン」のカップルたちが、若くして病死し、絶望のため自ら死を選ぶ。こんな物語の結末を誰が予想できただろうか。

暗澹たる気持ちになる。

友人たちに感謝の言葉とともにギターを贈り、自分を育んだ土地・京都で旧友たちと会食をし、病気の老母を見舞い・・・、孤独と絶望の淵で、死を選ぶべく、あまりに周到に「準備」を整えていく中で何を思ったのだろう。

胸が張り裂けそうになる。

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