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2008年11月11日 (火)

写真

写真を撮るのが楽しくなってきた。

昔は写真を撮るのも撮られるのも嫌いだった。
10代、20代のころの写真は、集合写真と記念撮影くらいしかない。

カメラマニアだった祖父の形見にNikon Fをもらった。
純粋に機械に対する興味から、しばらく触ってみたが、長続きしなかった。

一時シアトルに住んでいた時に、格安で売り出されていた型落ちのEOS650を買って、アメリカ一周の放浪に出た。
ボストンバックの一番上に、シャツにくるんだEOSを入れていた。
ニューヨークにもアラスカにも行った。
ストーンズのUSツアーの追っかけもした。
写真を撮る技術も何も考えずに、とにかく毎日撮りまくった。
けれども、日本に帰ってきてからは、ほとんどEOSに触らなくなった。

写真を撮ると思い出が減ると思いこんでいた。

せっかく心でシャッターを切っているのに、ファインダーを覗く行為がそれを邪魔すると思っていた。
ファインダーを覗いているために、見たいものが見られない気がしていた。

子供が生まれて、家内の両親にFinePix4700Zをもらった。
当時では信じられないくらいコンパクトで高性能なデジカメだった。
日々変わっていく子供に、記憶のシャッターは追いつけないことを知って、FinePixのシャッターを押し続けた。
コンパクト・デジタルの画素はどんどん増え、筺体は小さくなり、安価になり、IXY Digital 700を買った。
どこへ行くのにもカメラは手放せなくなった。

4人目の子供が生まれて、EOS KX2を買った。

今でも、カメラのファインダーを覗く度に、シャッターを押す度に、想い出が削がれるような気はしている。

けれども、写真には、記憶のフィルムには焼き付いていない、別の風景が、別の表情があることが分かってきた。
写真を撮ることで、新しいものが見え、新しい記憶が増える。

写真は面白い。

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コメント

akamatsuさん

>せっかく心でシャッターを切っているのに、ファインダーを覗く行為がそれを邪魔すると思っていた。
ファインダーを覗いているために、見たいものが見られない気がしていた。

この気持ち、良くわかるな~。
旅先で出会った綺麗な風景や決定的瞬間はファインダーを覗くより自分の目で見て、心に焼き付けたいですよね。
我々はプロのカメラマンじゃないんだから、決定的瞬間をとらえる必要は無いのですが、写真も良いものを残したいという気持ちもあるし・・・。 私も同じ気持ちで写真はあまりとらなかったのですが。 後からベストショットでなくても、写真とっときゃよかった。なんて後悔することも。
まぁ旅先はスナップ気分で適当に撮るに限りますな。

趣味としてベストショットを目指して撮るのなら、その一瞬にこだわって取り組みたいですけどね。
写真も奥が深そうですので、私は足を踏み入れないようにします。

投稿: ドバイ | 2008年11月12日 (水) 09時55分

綺麗な風景や決定的瞬間を見たいというのと
綺麗な風景や決定的瞬間の「写真」を残したい
というののバランスが難しいですよね。

極端な話、子供の運動会の写真を撮るのに夢中になって
「運動会」を見ていないこともあります。

写真は面白いけど、難しいです。

投稿: akamatsu | 2008年11月12日 (水) 12時53分

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