2009年12月21日 (月)
2009年12月18日 (金)
寒波―35年分をフリーズ・ドライ
この冬一番の寒波が訪れた今日。
日常業務の合間を縫って、先週仕事をした中学校へ行き残務。
片道30分余りを寒風の中バイクを飛ばす。
その中学校の校長先生は、何と僕が小学校4年生の時の担任の先生でした。
彼女(市内でただ一人の女性の中学校校長です)が大学を卒業して間もないころ、初めて担任を持ったクラスが僕らのクラスだったそう。
いつも弾けそうな笑顔で子どもたちとよく遊んでくれた、男子にはもちろんのこと、女子にも大人気の先生でした。
今日、校長室に招かれてみると、その35年ぶりの笑顔で、昔の写真やら文集やらを見せてくれました。
仕事の話もそこそこに、昔話に世間話に、時の経つのも忘れて話し込み―
帰り道には寒さも忘れていました。
一日の仕事を終えて、見上げると星も凍りそうな夜でした。
2009年12月13日 (日)
2009年12月 8日 (火)
2009年12月 6日 (日)
2009年12月 3日 (木)
Multistrada 1200
11月9日に発表された来年発売予定の新型。
ミラノショーでは、昨年のStreet Fighterに続いて「最も美しいバイク」に選出されたようです。
水冷になって、車重も増え(Multistrada 1200Sで220Kg)、電子制御サスペンションや前後連動ABSシステムを備えるなど、名前こそ「Multistrada」ですが、全く別のバイクで、BMW R1200GSと同じ土俵に上がったと言えるかもしれません。
Multistrada 1100を購入するときに、BMW R1200GSと比較試乗しましたが、同じようにマルチパーパスを謳っているものの、車格からも装備からも比較にはなりませんでした。
僕は今の空冷Multistradaをとても気に入っていますが、販売台数ではR1200GSに遠く及びません。
スーパーバイクだけでなく、ネイキッドにモタードにと、順調にラインナップを広げているDucatiが、Multistradaの階級を変更して、R1200GSに真っ向から勝負を挑んだという感じがします。
実車を見てみない限りはなんとも言えませんが、スタイリングは素直にカッコいいと思います。
でも、スポーツ走行やツーリング性能もさることながら、気軽にチョイ乗り出来るところに重きを置いている僕としては、車格が上がっちゃうのは何だかなあ、ですが。
2009年12月 2日 (水)
2009年11月28日 (土)
紅葉
今年も、近所の紅葉の名所「円通寺」に行ってきました。
今年は例年より散るのが少し早かったみたいです。
今日は、預けていたギターをわざわざ神戸から持ってきてくれた友人を誘って行ったのですが、ちょっと残念。
子どもたちは関係なく、お客さんが来て一緒にお出かけというのに大はしゃぎでしたが。
ドバイさん、今日はありがとうございました。
2009年11月23日 (月)
奈良公園クリーンキャンペーン
昨夜から橿原の家内の実家に泊まり、今日は朝から奈良公園の鹿を護るためのクリーンキャンペーンに参加してきました。
公園内に捨てられるゴミを食べた鹿が死んでしまうという痛ましい事例が後を絶たないため、奈良の鹿愛護会の皆さんが毎年企画されているイベントです。
このイベントは、大阪に住んでいた時のセッション仲間の友人のmixi日記で教えてもらいました。
昨日の雨が嘘のように晴れ渡り、緑と紅葉の美しい奈良公園のゴミを拾い歩きます。
1歳8カ月の次女も、ベビーカーに乗らずについて歩きました。
距離にしたら2-3Kmは歩いたかも。
イベントが終わり、鹿たちに鹿せんべいをやろうとすると、一斉に取り囲まれてしまって、次女は大泣き。
そりゃ、自分の体の何倍もある鹿に取り囲まれたら怖いよね。
ボランティアもしつつ、秋の奈良公園を散策して、紅葉も楽しんで・・・、楽しい一日でした。
イベントを紹介してくれたテキーラさん、ありがとうございました!
2009年11月16日 (月)
大阪で仕事の週末→家族で大阪城
週末は大阪で仕事。
土曜の夜に中断し、日曜の朝早くから再開したため、大阪市内のホテルに泊まりました。
考えてみれば大阪のホテルに泊まったのは生まれて初めて。社会に出てから何度も引っ越ししたけれど、どこも大阪市内まで通えるところだったもんね。
大阪の人なら、写真を見ればどこに泊まったか分かるかも。今回はちょっと贅沢しました。自腹ですが・・・
日曜の昼過ぎに仕事を終えたところに、家族全員がピックアップに来てくれて、どこかに遊びに行こうという計画になり、大阪城公園へ。
長年大阪に住んでいながら、一度も行っていなかった大阪城の天守閣に登りました。
天守閣から見ると、公園の木々も結構色づいていました。
公園での大道芸に、子どもたちはかぶりつき。
この子たちの顔を見ていると、仕事の疲れも忘れます。
2009年11月12日 (木)
2009年11月 9日 (月)
11月7日~8日 東京出張
11月7日~8日は東京に出張。
今回は長男・次男・長女はおじいちゃん・おばあちゃんのところに預けて、家内と次女だけを同伴。
上の3人からはブーイングでしたが、1歳の次女はまだ家内の添い寝なしでは寝られないし、交通費がかからないのは次女だけなので・・・。
時間節約のため、久しぶりに飛行機を利用。行きはJAL、帰りはANA。それぞれのちょっとした対応の違いが面白かったな。
8日の昼食は、東京在住の友人家族と。
子どもたちはすっかり打ち解けて、個室の中をグルグル。楽しいひと時でした。
相変わらず、大人の会話はほとんどできませんでしたが。
昼食後は、大ブーイングの子供たちにお土産を買うべく、早めに羽田に。
せわしかったけれども、充実の出張滞在でした。
2009年11月 6日 (金)
「さよなら。いつかわかること」
このところ忙しくて、本を読んだり、映画を見たりする時間がほとんど取れていません。
ホントは上手く隙間時間を使いたいところだけど、仕事が済んでから家の雑事をこなすのが精一杯ってとこ。
時間は無理に作れば作られないこともないけど、どうも気持ちに余裕がないなあ。
しばらく前に観た映画、「さよなら。いつかわかること」。
特にドラマチックな展開がある話ではありませんが、じわっと心の奥底に染み込んで、時々ふっと思い浮かぶ、そんな映画です。
陸軍を辞めシカゴのホームセンターで働くスタンレー(ジョン・キューザック)には、イラクに赴任している陸軍軍曹を務める妻・グレイス、12歳の長女・ハイディ、8歳の次女・ドーンの家族がいる。妻がいない寂しさと、母親がいない寂しさを抱えながら、父娘は互いに距離を置き、ぎごちなくテーブルを囲んでいる。そんなある日、グレイスの戦死を伝える一報がスタンレーに届くが、彼はそれをどうしても娘たちに伝えることができず、娘たちを車に乗せて、何も言わずに突然の旅に出る。行先は、ドーンが以前から行きたがっていたフロリダの遊園地なのだが・・・
ジョン・キューザックが好きなので、それだけの理由で選んだ映画でしたが、娘との距離に戸惑い、娘に気持ちが伝えられずに独り悲しみを内に秘め苦しむ、不器用な父親をキューザックが好演しています。
ストーリーとしては淡々としたロード・ムーヴィーで、とりたてて大きな起承転結はありません。
しかし、言葉の端々、動作の隅々に、父親の、娘たちの気持ちがしっかりと表現されていて、それがラスト・シーンの静かな感動へと繋がっていきます。
クリント・イーストウッドによる抑制の効いた静かな音楽が、映画の印象をさらに忘れがたいものにしています。
いい作品です。
また、心に余裕を持って、再見してみたいな。
2009年11月 3日 (火)
2009年11月 2日 (月)
2009年11月 1日 (日)
2009年10月30日 (金)
「新三銃士」
このところ子どもたちが嵌って観ているNHKの「新三銃士」。
最初の2週間は月~金の毎日やっていたのに、3週目から毎週金曜日だけになり、子どもたちは大ブーイングです。
脚色が遅筆で有名な三谷幸喜なだけに、こりゃ絶対原稿オトしたんだ!と勝手に決め付けていましたが、どうやら最初からそういう予定だったみたい。
でも、僕らが子どものころにやっていた人形劇って月~金でやっていなかったっけ?
これって遅筆の三谷幸喜にNHKが配慮した?(失礼)
でも、週に一回、20分っていうのも、最初の盛り上がりからすると、ちょっと尻すぼみな感じがしない?
ちなみに僕が一番記憶に残っている人形劇は「新八犬伝」かな。
南総里見八犬伝はあらゆる少年小説・少年漫画の元ネタと言われるだけあって(「ドラゴンボール」しかり!)、大興奮で観たのを憶えています。
思えば、僕が今の長男ぐらいの年齢の時だなあ。
2009年10月29日 (木)
「目線を上げろ」
甲斐バンドの新譜「目線を上げろ」。
一度は「終了宣言」をして解散したはずの甲斐バンド。その舌の根も乾かないうちに再結成(何度目になるでしょう)をしたこと自体は別に構わないと思っています。
かつてギターの大森氏が健康を理由に脱退した時、甲斐さんは決して新しいメンバー入れずに活動を続けると断言しましたが、結局すぐに田中一郎氏を迎え入れています。
その時に、さまざまな批判に応えて、甲斐さんがサウンド・ストリートで述べたことを今でもよく憶えています。
確かに一度言ったことを守り通すのも大切なことだが、過去の自分の発言に縛られていては前に進むことはできない。翻す勇気も必要。といったような内容だったと思います。
これはこれでひとつの正しい意見だと思いますし、そういった選択をしてよりよい結果が出せれば、それが批判的な意見を言う人への回答となるでしょう。
で、今回の新譜。
全体的には悪くないと思います。
甲斐さんらしいメロディーと歌詞が、あの歌声に乗って、「甲斐バンド」として聴けるのは往年のファンとしては嬉しい限り。
でも、このアルバムは誰に向けて作られたのかな。
昔を懐かしむ歳とった少年たちや青年たち?
それとも新しいファン?
ちょっとプロデュースの方向性が見えません。
「朝まで待てない」のカヴァーは、選曲としてもアレンジとしても秀逸だと思いますが、「胸いっぱいの愛」のセルフ・カヴァーの意図は?
アレンジはほとんど原曲と変わらないし、あれじゃオリジナルの方が勢いがあってカッコいいというのを再認識させるだけでは?
それに、このアルバム・ジャケットは・・・う~ん。準メンバーとも言える佐藤英二氏やMac清水氏と一緒に写真に写るというのはいいと思いますが、何か「甲斐バンド」と「そのファン」や「時代性」との微妙なズレを感じるような気もするのですが・・・
甲斐さんは、ソングライターとしてもヴォーカリストとしても、まだまだ四半世紀前と変わらないポテンシャルを持っていると信じていますが、プロデューサーとしてはどうなのかなあ。
あのニューヨーク三部作を世に出した時のような突き抜けた感じを今求めるのは難しいのかな。
このアルバムはSing Like Talkingのギタリスト西村智彦氏との共同プロデュースだけど(アレンジは全曲西村氏)、今の甲斐バンドをもっと動かせるプロデューサーはいないのかな。
プロデュース次第で、もっともっとすごい作品が作れそうで、何だか勿体ない気がした新譜でもありました。
(結局、昔のアルバムが聴きたくなっちゃったなあ。今夜は「破れたハートを売り物に」を聴いて寝よう。)
2009年10月26日 (月)
六甲山~須磨での週末
友人たちと例年持ち回りで行っている同窓会が、今年は須磨であったため、前日の土曜日から六甲山へ行って遊んで宿泊。

六甲山牧場。寒かったけれど、子どもたちは馬に乗られて大満足。
ハイジ・パスチャー・カフェ。食べ物も飲み物も大したものはありませんでしたが、ハイジ関係のグッズが欲しい人にはいいかも。
ホール・オブ・ホールズ六甲。オルゴール博物館です。めちゃめちゃ高そうなアンティークのオルゴールがいっぱい。
ちなみに入館料も高かった・・・。でも、館内のショップにはお土産によさそうなオルゴールを使った小物がたくさんあり、オルゴール・コンサートも楽しめました。
同窓会があった須磨離宮公園に面した神戸迎賓館須磨離宮。
こんなところで子どもたちが大人しくしていられるのか、相当に不安でしたが、スタッフがバルーン・アートで楽しませてくれ、何とか破壊行動には至らずに済みました。
さすがに子どもの数より大人の数のほうが多かったので、大人たちも久しぶりに少しは料理を楽しめたといったところです。
それでも、結局は子どもたちに振り回されて、1年ぶりに会った友人たちと話す時間はあまりなかったなあ。
2009年10月23日 (金)
2009年10月21日 (水)
加藤和彦氏について
遺書には「これまでに自分は数多くの音楽作品を残してきた。だが、今の世の中には本当に音楽が必要なのだろうか。『死にたい』というより『生きていたくない』。消えたい」とあったそうだ。
彼の孤独と絶望を思うと背筋がうすら寒くなる。
インタヴューでは「92点ぐらいまでの曲ならすぐ書ける」と言っていた。そのあまりに厳しい作品主義が多くの名作を生んだのだろうし、また自分を追い込んだのだろう。
それだけの高いハードルで音楽を作り出してきた彼が、「今の世の中には本当に音楽が必要なのだろうか」と言う。
確かにそうかもしれない。
今の世間には、「音」は溢れているが、「音楽」は満ちていないような気はしている。
「音」はあまりに安くなり過ぎ、「音楽」の価値まで下げてしまった。
CDのような音楽媒体が売れない以上、常にライヴで「音楽」を必要としている人たちと接していない限り、自らの存在意義は確認できないかもしれない。
「売れない」ということは、「評価されない」、「存在意義を認められない」ということと同義語だ。
彼の知人・友人たちは皆口をそろえて、明るい人だった、あんなにやさしい人はいなかった、と言う。
彼はきっと気が遠くなるような孤独の沼の淵に立っていたのだろう。
福井ミカがクリス・トーマスの元へ去った後、パートナーとして安井かずみを得て数々のきらびやかな作品を作り続けた。
世に送り出した楽曲ばかりでなく、彼らのライフ・スタイルさえもが「作品」だったように思う。
安井かずみが病死した翌年に中丸三千繪と再婚した時は驚いたが、きっと独りでいることができない人だったのだろう。
「彼は世界で一番やさしい人だった」と言う中丸三千繪は「自分から離婚をお願いした」そうだが、彼女は安井かずみの影に耐えられなかったのかもしれないと思うとあまりに哀れだ。
「あの頃、マリーローランサン」のカップルたちが、若くして病死し、絶望のため自ら死を選ぶ。こんな物語の結末を誰が予想できただろうか。
暗澹たる気持ちになる。
友人たちに感謝の言葉とともにギターを贈り、自分を育んだ土地・京都で旧友たちと会食をし、病気の老母を見舞い・・・、孤独と絶望の淵で、死を選ぶべく、あまりに周到に「準備」を整えていく中で何を思ったのだろう。
胸が張り裂けそうになる。
2009年10月18日 (日)
質志鍾乳洞公園リターンズ!
釣り堀でマスを釣って、炭火で塩焼きにしたら、子どもたちが取り合いで食べたものだから、今回は「釣り」だけを目的に再襲撃! いざっ!
・・・と意気込んでいったものの、入れ食い状態だった前回とは打って変わって、マスたちは餌に見向きもしません・・・。
すっかり昼ごはんにするつもりで、おにぎりとサラダだけ持って行ったのに・・・
取らぬ狸の何とやらで、結局お昼はおにぎりと3時のおやつの前倒しで何とかすることに。
どうも夏場の釣れ残りの魚のようで、サヴァイヴァーたちは賢い賢い。
結局、子どもたちは釣り上げられなくて、最後に僕と家内が意地になって、3時のおやつに間に合わせました。
釣り立て、焼き立てのマスは格別! 今回も争奪戦でした。
2009年10月17日 (土)
加藤和彦氏逝去
軽井沢のホテルで亡くなっているのが見つかったと。
享年62歳。
あまりにも若いですが、亡くなった場所といい、そういう亡くなり方も加藤氏らしいと言えばそうかもしれませんが・・・
紛れもなく、僕が10代のころ一番敬愛していた「作家」でした。
加藤さん、トノバン、ありがとうございました。
「パパ・ヘミングウェイ」のオリジナル盤が聴きたいな。
2009年10月16日 (金)
次男 6歳の誕生日 かめはめ波!
今日は次男の6歳の誕生日。
長男・次男・長女の三人は、朝5時半に起き出して、用意してあったプレゼントを開けて遊んでいました。
プレゼントの目玉は、このところドラゴンボールに虜の次男が、先日トイザらスで悩みに悩んで選んだ「激震サウンドかめはめ波」。
左手首に付けた磁石を、右手首の本体に合わせると、スイッチが入って、悟空の「かめはめ波~!」という雄叫びと共に、振動し、光り、爆発音が鳴るおもちゃです。
なかなかよく考えられています(笑)。
その他には、双方のおじいちゃんおばあちゃんに買ってもらったポケモンカードが多数。これは半分は長男がけしかけて買わせた物のような気がしますが。
誕生パーティーは明日。
次男のリクエストの料理はポケモンカレー。レトルトのやつです(笑)。
まあ、親としてはそうもいかないので、子どもたちが寝静まってから、家内は特製カレーの仕込み中。
2009年10月12日 (月)
自転車の駒なし練習
気持ちのいい秋晴れの続いた連休の最終日。
秋祭りのおかげで僕は腰痛。
今日はのんびりみんなで庭で昼ご飯を食べて、午後は長女の自転車の練習。
1歳年上の次男は去年の春には駒なしで乗れるようになっていたので、長女は半年遅れ。
僕も家内も忙しくてつい忘れていました。
そこで今日は思い立って、長女の自転車の駒を外し、ペダルも外して、後ろから勢いよく押してやってバランスを取る練習から。
ペダルを外しているので、倒れそうになっても楽に足を着くことができて、長女も安心感があるようです。
強く押し出してやってスピードが乗っていれば、比較的簡単にバランスが取れるみたい。それを何度か繰り返しているうちに、少し遅いスピードでもだんだん体重の掛け具合とハンドルの微妙な操舵でバランスを取るようになってきました。
これをもう一日くらいやって、その次にペダルを付けようかな。
2009年10月10日 (土)
2009年10月 9日 (金)
Revolution 9
10月9日生まれのジョンのラッキー・ナンバーが「9」だったのは有名な話です。
ホワイトアルバムの「レボリューション9」は、10代の頃はいつも跳ばして聴いていましたが、最近は「我慢強く」聴くことが増えました(笑)。
「レボリューション9」が終わり、「グッド・ナイト」のイントロのオーケストラが聴こえてきたときのあの素晴らしいカタルシス!
まさにこの混沌とした名アルバムの大団円。
「レボリューション9」は、ジョンとヨーコが、未だジョンのエピゴーネンであったジョージを引き入れて勝手に作ったものだと思っていましたが、実際はジョージ・マーティンも一緒に取り組んだというのが真相のようです。
ああいったコンクレート・ミュージックについては、きっとヨーコが一柳 慧から学んだものを持ち込んだのでしょうが、意外にジョージ・マーティンも意気投合していたんですね。
どんな風にスタジオで作業を進めていたのでしょう。想像すると楽しいな。
2009年10月 8日 (木)
「月が昇れば」
先ごろ出た斉藤和義の新譜「月が昇れば」。
基本的には前作の延長上にある作品だと思いますが、楽曲・アレンジ・演奏の円熟味はますます増していますね。
この1-2年、デビュー15周年を迎えてノリに乗って充実した活動をしてきた印象ですが、それがウマい具合に集約されて作品に仕上がったようです。
斉藤和義の魅力は、いい意味で「スキがある」ところだと思いますが、恐らくそれは独り多重録音バンドの演奏によるところも大きいのでしょう。
インタビューで、同じ人が重ねて録れば同じ場所でリズムがヨレたりして上手く合う、というようなことを言っていましたが、そういった「ヨレ」が独特の「スキ」を生み出しているように思います。
それぞれの楽器はかなり巧いですし、僕は彼のドラムも大好きですけど、「ヘタウマ」とまでは言わないものの、スタジオ・ミュージシャンたちが隙間なく組上げる構成とは大きく異なる持ち味があります。
その持ち味が、非常に文学的なラインと下世話なラインが「スキ」だらけで絡み合う歌詞と、独特のグルーヴを生み出していて、他の誰のアルバムでも聴けない世界を作り上げています。
デビュー間もないころから彼の音を聴き続けてきましたが、ここ最近は本当に彼の世界にドップリ嵌っています。
せっちゃん最高! 大阪城ホール行くぜっ!!










































































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